1. 病気との向き合い方、納得した治療・人生の送り方へのアドバイス―ドクターインタビュー

Doctor Interview

公益財団法人がん研究会有明病院 腫瘍精神科 部長清水 研 先生

病気との向き合い方、納得した治療・人生の送り方へのアドバイス―ドクターインタビュー

がんとの向き合い方・対処の仕方―医師からのアドバイス

患者さんが納得して治療を受けるためには、まずがんという病気に向き合うことがとても⼤切です。そこで、がんという病気にも精通している「こころの専⾨家」、公益財団法⼈がん研究会有明病院 腫瘍精神科 清水 研 先⽣に、病気との向き合い⽅、対処の仕⽅のヒント、患者さんへのアドバイスなどについてうかがいました。

公益財団法人がん研究会有明病院 腫瘍精神科 部長清水 研 先生

がんと上手に向き合うためのヒント

腫瘍精神科とはどのような診療科でしょうか。

【清水先生】
一言でいうと、がん患者さんやご家族の心のつらさの相談に応じている科ということになります。当院では腫瘍精神科と標ぼうしていますが、全国的には精神腫瘍科と名乗っている病院のほうが多いです。
がんのことを熟知した精神科医や心療内科医を精神腫瘍医といいます。もともとの専門は精神科や心療内科であるため、心のことを十分にわかっています。同時に、精神腫瘍医は、がんとはどのような病気で、どのような診断・治療法があり、がんになるとどのような心配を患者さん・ご家族は抱きやすいかということを知識・経験の中で学んでいるため、心だけでなく病気に関しても専門的な立場から患者さんやご家族の「がん」に関する悩みの相談に応じることができます。

がんを告知されたことと、患者さんはどのように向き合えばよいでしょうか。

【清水先生】
がんという病気は大きな喪失体験だと考えられています。つまり、さまざまな大切なもの、そして多くの場合健康な人生を失うという体験をします。例えば、40代の方が進行がんであることがわかり、余命が短いかもしれないと突然告げられたとしたら、その方はご自分の人生はこれから何十年も続くものと思っていろいろな計画を立てていたにもかかわらず、その未来を失うことになります。そのような喪失感を受け止めていくのは非常に大変な作業だと思います。
一般的に、このような喪失を体験した後は、心は徐々に移り変わっていきます。つまり、最初は「がんになったことが信じられない」「頭が真っ白になった」というように、大きなショックを受けます。しかし、「これは現実なんだ」という実感が徐々に湧いてくると、悲しみや怒りの感情があらわれてきます。そして、「がんになったという事実は変えられないから、この人生を生きていこう」と、心が移り変わっていくことが多いです。
このようなときに大切なのは、がんを告知されてから湧いてくるさまざまな感情にフタをしないことです。つらいのにもかかわらず明るく元気にしていなければならないと思う方がいらっしゃいますが、それは大変なことです。ですから、腹が立つ思いや悲しみを表に出して、誰かの前で泣けるとよいと思います。実は、悲しみや怒りなどの負の感情は、がん罹患などの大きな喪失体験をした後に大切な役割を果たし、心を癒す力があります。
このような心の内を、ご家族やご友人に話すことができればよいのですが、患者さんの中には「周りに心配をかけたくない」と考える方もいらっしゃるでしょう。そのような場合には腫瘍精神科や、腫瘍精神科がない場合には相談支援センター、看護師などの医療関係者にご相談ください。きっとお手伝いできることがあります。

患者さんは、大きな喪失を受け止めていくプロセスの一方で、いろいろなことをしなければなりません。ご自分の病気がどのようなものかを知らなければ意思決定ができませんので、本当は知りたくなくても、病気について理解しなければならないでしょう。また、病気の治療により仕事ができなくなることがありますので、職場ともコミュニケーションをとらなければなりませんし、ご家族とも、家事の分担や通院の方法などについて話し合う必要があります。がんの告知により心が傷ついている中で、そうした仕事や家庭の課題にも取り組んでいくことは大変でしょう。しかし、これらのことは、がん告知の次の日からやらなければならないことではありません。まずは一呼吸おいてから、やらなければならないことをリストアップして、重要なものから一つずつ取り組んでいくようにしましょう。

不安な気持ちにはどのように対処するのがよいでしょうか。

【清水先生】
不安という感情は、未知のことに対する恐れです。患者さんは、「自分の病気はこれからどうなっていくのだろう」「手術で初めて全身麻酔を受けるがどんな感じになるだろう」と、未来に目を向けると不安な気持ちになると思います。
一方で、不安は、必ずしも悪いだけの感情ではないといわれています。不安を感じない人は、向こう見ずで事故を起こすことがあるかもしれません。不安は、人がある程度用心深くなるために必要な感情でもあります。そのため、不安をゼロにしようと思わなくてもよいと考えています。
ただし、不安な気持ちが強くなりすぎると、日常生活で何も手がつかなくなるといったことがあり、場合によっては不安障害という診断がつくような状況になることもあります。実際に一日中不安で何も手がつかないということであれば、腫瘍精神科などの専門家に相談したほうがよいこともあります。ご自分でできる工夫もありますので、ご紹介しましょう。

  1. 1つ目は、ご自分のがんに関する情報を知っておくほうが不安になりにくいということです。例えば、余命を聞くのは怖いと思う方もいらっしゃいますが、ご自分の余命があと3ヵ月なのか、10年なのか見当がつかないというのも不安だろうと思います。少し怖いと思うかもしれませんが、ご自分の病気についてきちんと知っておいてください。そのほうが不安になる要素が少なくなることがあるかもしれません。
  2. 2つ目は、不安がご自分の努力で解消できるものなのか、解消できないのかを考えることです。例えば、がんの治療が終了し、再発したくないと考えたとき、タバコを吸わない、お酒を飲みすぎない、病院できちんと検査を受ける、といったことはご自分で努力できることです。しかし、がんにはご自分の努力ではどうにもならないことが多々あります。それらに関しては、「自分の力ではどうにもならないんだ」というふうに、開き直るほうが心は落ち着くかもしれません。
  3. 3つ目の工夫は、不安になりやすい行動を減らすことによって、不安の程度を和らげ、一日中不安を感じて緊張していなくても済むようにすることです。患者さんは、一日中同じように不安になっているわけではなく、例えば、お友達と楽しいおしゃべりをしているときや、料理に没頭しているときには、あまり不安を感じないでしょう。一方で、一人で何もしないでいたり、インターネットで病気の情報や闘病ブログを見たりしていると、病気のことばかり考えて不安になってしまうでしょう。
    行動から不安を減らす方法は「認知行動療法」というカウンセリングテクニックの一つです。認知行動療法では、週間活動記録表という日記に、1週間のご自分の活動とそのときの不安の大きさを100点満点で記録するという方法をとります。例えば、朝起床したとき70点、ご飯を食べているとき30点といったように記録します。そうすると、ご自分が何をしているときに不安になるかがわかりますので、不安になりやすい行動を減らすことに取り組めるでしょう。
  4. 最後に、「マインドフルネス」についても触れたいと思います。マインドフルネスは、もともとは東洋の瞑想めいそうにルーツがあります。ご自分の気持ちを今この瞬間に向けるということです。例えば、ご飯を食べているときはご飯の味をしっかり味わうとか、きれいな景色を見ているときはその景色や空気を思う存分感じることです。「5年後、自分はどうしているだろうか」「次の検査で再発が見つかったらどうしよう」といったことを考えると不安になりますが、マインドフルネスの方法を用いて「今を生きる」ことを意識することで、不安に対処することができるかもしれませんね。

再発したときにはどのように向き合うとよいでしょうか。

【清水先生】
治ったと思った病気が再発したと聞くとショックを受けることでしょう。また、再発時では初発時より治療が難しくなることが多いため、「一生がんと付き合っていかなければならない」という事実をより一層強く受け止める必要があるかもしれません。そのため、再発時では初発時より失うものが大きいといわれています。そして、多くの方では、「つらい思いをして治療をがんばったのに、今までのがんばりは何だったのだろう」という徒労感、虚しさ、怒りの感情が強くなる傾向があります。
再発した方は、初発時以上に気持ちが落ち込むのも無理がないし、そうなって当然です。しかし、気持ちが前向きになれないご自分を責める必要はまったくありません。「心にフタをしないで、感じたままにその状況と向き合ってください」と、再発時にも強くお伝えしたいです。